スタート・アップ企業の資本政策 の考え方

目次

はじめに

最近の起業家の方のファイナンスリテラシーの向上も著しく、資本政策という言葉はベンチャーの世界では、一般的な用語になってきたように思います。本やインターネットで調べれば丁寧な説明とともにテンプレートもついていたりするので、近頃では自分で資本政策を立てられる起業家も多くいらっしゃいます。極論を言ってしまえば、資本政策は、単にエクセル・シートに株主名と株式数の増減を記入するだけで出来てしまいます。とはいえ、将来の見通しや期待・思いを込めないで作ってしまっても意味がないと思います。そこで、今回は改めて「ベンチャー企業のめの資本政策」というテーマで資本政策について解説したいと思います。

資本政策とは

資本政策とは、簡単に言ってしまえば、「誰から」「いつ」「いくら」「どのような方法で」調達・あるいは株式を移動させていくのかを決めていくことです。その目的としては、以下のようなことがあげられます。

  • 事業の成長のために必要な資金調達
  • 創業者の持ち株比率の維持
  • 創業者のキャピタルゲイン確保
  • 従業員・役員へのインセンティブ付与

より多く資金を集めようとするとその分創業者の持ち株比率は減ってしまいますし、逆に持ち株比率に拘る余り事業の成長のために必要な資金を調達出来なかったのでは本末転倒です。事業の成長に必要な資金の調達と創業者の持ち株比率の維持のバランスを図っていくことが肝要となってきます。

創業者や経営陣の持株比率の維持の重要性

会社は株主のもの、という表現もある通り、基本的には株主は出資比率に応じて議決権を獲得します。議決権₌決定権となりますので、会社は株主のものというのは、法形式上はその通りとなります。そのため、会社の経営陣以外の株主の持ち株比率が多くなると決定権が経営陣以外の株主に移っていくこととなります。ある程度長期的な目線で経営をしていこうと思うと、経営陣で一定の持ち株を維持する費用があります。以下に重要決議事項と持ち株比率の目安を記載します。

【持株比率の目安】

①2/3以上

株主総会における特別決議が可能となり、取締役を解任することが出来ます。その他にも営業の全部または一部の譲渡等、定款変更、減資、解散、合併等といった経営上重要な事項を決議できます。そのため、一般的には経営陣とその協力者でこの持ち株比率を維持することが目安となります。

②1/2超

株主総会における普通決議が可能となります。新たな取締役の選任も出来ます。経営陣で持つ持ち株数としては極力維持したいラインとなります。

③1/3超

株主総会における特別決議を阻止することが出来ます(拒否権)。そのため、経営陣でも持つ株数として最低限の防衛ラインとなります。

④10%以上

会社解散請求権を持ちます。最も、発動したとしても拒否される可能性が高いと思います。

⑤3%以上のシェア

株主総会招集請求権・会計帳簿閲覧権といった権利を持ちます。最も、合理的な理由がない場合は応じないことが認められます。

以上より、株主の権利との関係で節目となる持株比率の目安は、2/3、1/2、1/3となります。

資金そのものは多いに越したことはありませんが、当面必要のない金額を得ることによって、不必要に持株比率を落とさないようにする必要があります。

持ち株比率・株価・必要資金額のバランスを図る

(2)で述べたように、持ち株比率は大事だといいましたが、それなれば株価を高くすれば持ち株比率も維持できるし、資金も集められるから、「株価を高くすればいいじゃん」、と思われると思います。原則としてはその通りで、そのため経営者の皆さんは株価が高くなるように業績を伸ばそうと必死になるわけです(株価だけが必死になる理由でありませんが・・・)。しかし、上場前のベンチャーにおいては、必ずしも株価が高いことがいいことかというとそうでないケースもあります。不相応に高い株価でファイナンスをすると、それを維持する必要があり、例えばマイルストーン通りに経営が行かず、でも次の資金調達が必要な局面で思わぬ障害となったりすることもあります。適正な株価で必要額を調達するということが大事です。では、必要資金額をどのように算定するかというと、事業計画を2か年から3か年の間で引いてみて、それに基づいて資金繰り計画を作成しますが、この際注意すべきポイントが、資金繰り計画は保守的に作成することです。一般的に事業計画を強気な計画を立てると思うのですが、その強気な計画に基づいて、資金計画を立ててしまうと、計画通りに事業が進まなかった時には資金繰りに窮してしまうことになります。私も2社目に入社したベンチャーではまさにこのことを当事者として経験しました。私が入社する前に強気な事業計画を立ててそれを基に資金手当てをしていたので、事業計画が狂うことによって資金繰りがタイトになった経験があります。「計画は強気に!でも、資金計画は慎重に!」。最も、あまり悲観的になって沢山資金調達しても、上述したように持ち株比率維持の問題が出てきますので、・持ち株比率・株価・必要資金額のバランスを図ることが最も重要となります。

資金調達方法:普通株式・種類株式・新株予約権(コンバーチブル・エクイティ)

資金を調達する方法として、①普通株式の発行 ②種類株式の発行 ③新株予約権による調達が主な資金調達方法となります。

①普通株式

普通株式とは、一株の権利内容が全ての株主で同一である株式を言います。従って、ある株主だけ一株当たりの配当を多くする、といったことはできません。

②種類株式

種類株式とは、簡単に言ってしまうと、剰余金の配当や議決権などの点で異なった定めがなされた株式のことをいいます。種類株式の発行目的はいろいろありますが、主な目的としては、1:清算時のリスクヘッジ(残余財産の分配に関する優先権)、2:稀薄化防止対策(取得請求権、取得条項における稀薄化防止の調整条項)、3:特定事項についての拒否権(種類株主総会決議事項)、4:役員選任権の確保(株式の種類ごとの役員選任権)、5:優先配当などがあります。

③新株予約権

新株予約権とは、将来株式に転換できる権利のことを言います。

ベンチャー企業では、基本的には①~③の方法で資金調達を行う事が一般的かと思います。もちろん、社債や借入金による調達もあります。ただ、多くの資金を調達しようと思うと、株式の発行による調達が一般的かと思います。ひと昔前までは、普通株式による調達が一般的でしたが、最近では種類株式を発行して調達することも多くなりました。特に、ベンチャーキャピタルから投資を受けるにあたっては種類株式で投資を受けることが増えました。これは、VCからしてみると、経営陣やエンジェル投資家よりも高い株価で多額の資金を供給するわけですから、投資後の様々な局面を想定して将来のリスクをヘッジしたいわけです。例えば、残余財産分配条項を入れることで、M&Aで買収される際の優先取り分を定める「みなし清算条項」を投資契約に盛り込むことが可能となります。これにより少額のM&Aの際にはVCが優先的に多く資金を回収することが出来るわけです。簡単な例で説明します。

創業者が1,000万円で会社を設立し、その後VC投資家が、ポスト20億円の時価総額で2億円を出資し、これによって、仮に創業経営者の持株比率が60%、投資家Aの持株比率が10%になったとします。ここで、ある企業から時価総額10億円のM&Aの提案があったとします。単なる持株比率でM&Aの対価を分配すると、創業経営者はは6億円、VC投資家は1億円の分配を受けることになり、創業経営者5億9千万円の利益を得るのに対して、投資家Aは1億円の「損失」になります。経営者にとってみればExitで大金を手にいられるチャンスなのに、VC投資家は損をしてしまうので、M&Aに反対することになります。

この場合、VC投資家が種類株式で投資をしていた場合、残余財産の分配請求権として、出資金額1倍の「2億円」が優先分配額だとし、かつ投資契約でみなし清算条項を入れることで、売却価額の10億円を残余財産とし、会社を解散・清算したとみなして、投資家Aは、まず2億円分の分配を受け、さらにその上で、創業経営者と同率等での分配を受けられることになるので、VC投資家は利益を獲得でき、M&Aに賛成することになります。

このように、種類株式を上手に設計することで、将来のExit時の株主間の利害をスムーズに調整することが可能となります。

最後に、新株予約権を活用した資金調達について説明したいと思います。新株予約権とは、あらかじめ決められた価格で、その会社の株を購入できる権利のことをいいます。ベンチャーでは、ストックオプションとして発行することが多い新株予約権ですが、最近では資金調達の方法として新株予約権を使う場合が増えてきました。特にシード期のベンチャーで活用場面の多い資金調達方法です。

株式で資金調達を受ける場合,具体的にどのくらいの数の株式をいくらで発行するのかを決めなければなりません。つまり株式時価総額₌バリュエーションを決める必要があります。しかし、シード期で、未だサービスや製品のプロトタイプもない状態では、その会社の株式の時価総額を決定するのが難しくなります。また、金額の調整や交渉に手数がかかってしまい、時間のロスとなってしまいます。そこで、資金の拠出段階では株式の値段を設定せず、新株予約権で資金を調達する方法が注目されるようになりました。その後、次の資金調達が株式で行われた段階で、その資金調達の際の株式に転換することができる、という手法です。このように最初に株価を決めずに新株予約権で調達する方法をコンバーチブル・エクイティといいます。なお、このコンバーチブル・エクイティによる調達を定型化したものをJ-KISSといいます。J-KISSについてはすでに契約書の内容が固まっているので、企業側・投資家側双方にとって契約コストと時間を節約できる手法になります。J-KISSの契約書フォーマット等は、以下のホームページで公開されており、誰でも自由にダウンロードすることができます。以下にリンクを貼っておきます。

https://500startups.jp/j-kiss/

ストックオプション

IPOを目指す企業においては、役員や従業員のインセンティブを目的としてストックオプションを活用する方法が一般的です。ストックオプションとは、従業員向けに無償で発行された新株予約権のことを言います。ストックオプションを付与された人は、予め決められた価格で自社株を買うことが出来るので、将来上場して株価が高くなれば、利益を得ることができます。これによって、会社は取締役や使用人の意欲や士気を高めることができます。ストックオプションの詳細については、また別の機会に説明したいと思います。ストックオプションの発行目安は、株式発行数の10%程を目安とするのが一般的です。

 まとめ

一度株式を発行してしまうと、株主や株式の権利内容を後で変更することは難しくなります。この意味で資本政策は後戻りが出来ないといわれるので、資金を調達する際は慎重に資本政策を考える必要があります。資金を調達する際には、経験豊富な専門家に相談することをお勧めします。