スタートアップ のための ストック・オプション制度 解説
目次
初めに
ベンチャー企業では優秀な人員を確保するため、ストック・オプションを従業員に交付するケースが増えてきました。ストック・オプションという言葉を聞いたことがある方も多いと思いますが、具体的な内容を知っている方はあまり多くないのが実情です。そこで、本稿ではストック・オプションの概要や、株式を利用した役員・従業員向けのインセンティブプランについて解説していきます。
まず、ストック・オプションとは、「予め定められた株価(付与された際の株価)で株式を購入できる権利」」のことであり、株式そのものではございません。ストックオ・オプションが付与され、その後株価が上昇すれば、権利を行使して、株式を取得の上売却できます。逆に、付与時よりも株価が下がってしまえば行使して株式を取得したとしても損しますので、権利行使しないことになります。あくまでも、ストック・オプションは「株式を購入できる権利」である、ということをまず抑えておきましょう。
主な株式報酬として、税制適格ストック・オプション、1 円ストック・オプション、有償ストック・オプション等があります。また、これらの株式報酬は、会社法上の手続き、役員に対する課税のタイミングや会社における損金算入の可否といった税務上の扱いや、費用計上の要否といった会計上の扱いが異なっているので、導入に当たっては、顧問弁護士・顧問税理士に相談の上、自社にとって望ましい株式報酬を組み合わせて導入する必要があります。
図表1 主な株式報酬の内容
税制適格ストック・オプション | 新株予約権(株式をあらかじめ決められた価格で取得できる権利)を報酬として無償で付与するもののうち、一定の要件を満たしたものをいいます。 |
1 円ストック・オプション | 株式を1 円で取得できる新株予約権を報酬として付与さるものです。 |
有償ストック・オプション | 新株予約権を公正な発行価額の払い込みと引き換えに付与するものをいいます。 |
税制適格ストック・オプション
概要
ストック・オプションとは、株式をあらかじめ決められた価格で取得できる権利である新株予約権を報酬として付与するものです。税制適格ストック・オプションとは、ストック・オプションのうち、税制に従って一定の要件を満たすことで、付与対象者に対する課税が、ストック・オプションの付与時や権利行使時ではなく、権利行使により取得した株式の譲渡時まで繰り延べられるものをいいます。また、税制適格ストック・オプションの行使により株式を取得して売却した場合の利益は株式譲渡所得として取り扱われ税率は20%で済みます。
ストック・オプションの行使によって多額の利益を得たとしても、給与取得として多額の給与を支給されるよりも税負担が少なくて済みます。
税制適格ストック・オプションを含むストック・オプションは、株式をあらかじめ決められた権利行使価額で取得できるものです。そのため、付与された者に対しては、権利行使価額を上回る水準に株価が上昇するように企業価値を向上させようとするインセンティブが働く一方、株価が権利行使価額を上回らなければストック・オプションは無価値となってしまいます。
ベンチャー企業では、上場あるいはバイアウト前の株価が低い段階でストック・オプションを役員・従業員に付与することで、強力なインセンティブとなります。
法務・税務・会計上の手続き
法務上の手続き
税制適格ストック・オプションを発行する際には対価なしで付与することになるため、
有利発行と認められる場合には、公開会社・非公開会社問わず株主総会特別決議が必要となります。有利発行に該当しない場合は、公開会社は取締役会の決議、非公開会社は株主総会特別決議を経て行われることになります。有利発行に該当するか否かは、個別具体的に判定すべきなので、法律上必要な手続きについては弁護士に相談することをお勧めします。非公開会社においては、実務上多くのケースで株主総会特別決議を経ています。
また、取締役にストック・オプションを付与する場合は、取締役の報酬規制の対象となることから、併せて総会決議を経る必要があります。
なお、株式の譲渡制限を設けていない会社を公開会社、設けている会社を非公開会社といいます。
税務上の取扱い
税制適格ストック・オプションの役員側の税務上の扱いについて説明しますが、株式報酬型インセンティブを付与する場合、付与された側と会社側の双方の取り扱いに注意する必要があります。
まず、受け手となる役員・従業員側の税務上の取り扱いですが、以下の要件を満たす税制適格ストック・オプションに該当する新株予約権は、権利行使時に課税はなされず、権利行使により取得した株式の譲渡時まで課税が繰り延べられます。
税制適格ストック・オプションを権利行使して取得した株式を市場で売却した場合、譲渡した価額と権利行使価額の差額が譲渡益として、税率20%の申告分離課税の対象となります。これは、受け手にとって非常に大きなメリットとなります。なぜなら、ストック・オプションによって多額のキャピタルゲインを得ても、税率は20%で済むからです。
しかし、そのためには以下の要件を満たす必要があります。
①金銭の払い込みなしに発行された新株予約権であること
②権利行使が、付与決議日から2 年を経過した日から10 年を経過する日までの間に行われること
③権利行使の年間の合計額が1,200 万円以下であること
④権利行使価額が、株式の付与契約締結時の時価以上であること
⑤新株予約権の譲渡ができないこと
⑥権利行使による株式の交付が、会社法上の決議事項に反しないこと
⑦新株予約権の行使により取得する株式について、会社と金融商品取引業者等との間で予め締結される取り決めに従い、取得後直ちに振替口座簿への記載等がなされること
⑧大口株主(※1)及びその親族や配偶者等でない旨誓約していること
⑨付与対象者が、新株予約権の発行会社、又はその会社が直接又は間接に50%超の株式を保有する子会社等(※2)の、取締役、執行役又は使用人(これらの相続人を含む)であること
次に、会社側の税務上の扱いについて解説します。
会社が役員等に役務提供の対価としてストック・オプションを付与した場合、役員等に、役務提供により給与所得・退職所得・事業所得・雑所得のいずれかが生じた日において、会社側に損金算入が認められます。
しかしながら、税制適格ストック・オプションの場合、これらの所得は生じない(株式の譲渡時に生じるのは譲渡所得)ため、会社側に損金は生じないこととなります。
会計処理
ストック・オプションの会計処理については、企業会計基準委員会が「ストック・オプション等に関する会計基準」(以下、「SO 基準」という)及び「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」(以下、「SO 指針」という)に従って会計処理を行います。
会社は、ストック・オプションを付与することによって、その対価として労働役務を従業員から提供されたものと考えられることから、ストック・オプションの付与日の価値を、付与対象者がサービスを提供する期間(「対象勤務期間」)にわたって費用計上することになります。
ストック・オプションの付与日の価値は、評価単価に、ストック・オプションの数をかけて算出します。評価単価は、ブラック・ショールズ式や二項モデル等の算定モデル等を利用して算定しますが、通常は外部の第3者鑑定機関に依頼して算定します。金融工学に強い公認会計士かコンサルティング会社に依頼することが実務上は多いです。
ストック・オプションには、一定の期間継続的に勤務することなど、権利行使に条件(「権利確定条件」)が付されているものが一般的であり、このような場合、付与対象者がサービス提供を行う対象勤務期間は、ストック・オプションの付与日から、ストック・オプションの権利が確定した日(「権利確定日」)までであり、この期間にわたって費用計上することになります。一方、権利確定条件が付されていない場合は、付与日に費用を一括計上し、費用計上額と同額を新株予約権として純資産の部に計上します。
なお、税制適格ストック・オプションに該当するためには、権利行使が付与決議日から2 年経過日以後であることなどの要件が定められているため、権利確定条件が定められている場合は、税制適格ストック・オプションの付与日から権利確定日までにわたって費用計上することとなります。
権利確定条件がある場合、付与日から権利確定日にわたって費用計上することになりますが、具体的に権利確定日がいつかは、どのような権利確定条件が付されているかによって異なるため、以下のように判定します。
①勤務条件が付されている場合
⇒勤務条件を満たす日
②勤務条件は明示されていないが、権利行使期間の開始日が明示され
ており、かつ、それ以前にストック・オプションを付与された者が自己都合で退職した場合
⇒権利行使できなくなる場合権利を行使できる期間の開始日の前日
③条件の達成に要する期間が固定的ではない権利確定条件が付されている場合
⇒権利確定日として合理的に予測される日
1 円ストック・オプション
概要
1 円ストック・オプションとは、その名の通り、権利行使価額を1 円に設定したストック・オプションです。権利行使価額が1 円であることから、株価がついている限りは付与された側には常に利益が出ます。その意味では、オプション(選択権)というよりは、株式の付与に近い形式となります。
法務・税務・会計上の手続き
法務上の手続き
1円ストック・オプションを発行する際には対価は1円と非常に低い価額で付与することになるため、有利発行と認められる場合には、公開会社・非公開会社問わず株主総会特別決議が必要となります。有利発行に該当しない場合は、公開会社は取締役会の決議、非公開会社は株主総会特別決議を経て行われることになります。有利発行に該当するか否かは、個別具体的に判定すべきなので、法律上必要な手続きについては弁護士に相談することをお勧めします。非公開会社においては、実務上多くのケースで株主総会特別決議を経ています。
また、取締役にストック・オプションを付与する場合は、取締役の報酬規制の対象となることから、併せて総会決議を経る必要があります。
なお、株式の譲渡制限を設けていない会社を公開会社、設けている会社を非公開会社といいます。
税務上の扱い
付与される側にはメリットが大きいように見えますが、付与される側の税制適格ストック・オプションと比べると税負担は大きくなります。
1 円ストック・オプションは権利行使価額が1 円であるため、税制適格ストック・オプションの「権利行使価額が、株式の付与契約締結時の時価以上であること」という要件を満たさず、税制適格ストック・オプションには該当しないこととなります。税制非適格となる1 円ストック・オプションの場合、権利行使時に原則として給与所得とされ、権利行使時の株価と権利行使価額の差額が総合課税(最高税率55%) の対象となります。退職を起因として付与される場合等一定の条件を満たす場合は退職所得とされ、この場合税負担は少なくなります。行使して株式を取得した時点で課税される点、また利益は譲渡所得ではなく、給与所得か退職として取り扱われる点が税制適格ストック・オプションとは異なってきます。
次に、会社側の税務上の扱いについて解説します。
会社が役員等に役務提供の対価としてストック・オプションを付与した場合、役員等に給与所得・退職所得等が生じる事由が生じた日において、会社側に役務提供の対価に相当する額の損金算入が認められます。1 円ストック・オプションは、権利行使時に給与所得又は退職所得が生じるため、権利行使時に役務提供の対価に相当する、1 円ストック・オプション発行時の公正価値の金額について、会社側に損金が生じます。
会計処理
1 円ストック・オプションの会計処理については、税制適格ストック・オプションと同様、ストック・オプションの付与日の価値について、権利確定条件が付されている場合は、付与日から権利確定日にわたって費用計上し、権利確定条件が付されていない場合には、付与日に費用を一括計上することとなります。また、費用計上額と同額を新株予約権として純資産の部に計上します。
有償ストック・オプション
概要
有償ストック・オプションは、オプション評価モデルで算出した公正な発行価額(時価)の払い込みと引き換えに付与する新株予約権であり、「時価発行新株予約権」とも呼ばれます。
有償ストック・オプションは、無償で付与される税制適格ストック・オプションや1 円ストック・オプションと異なり、付与する際に公正な発行価額に相当する現金の払い込みが必要となります。しかし、高水準の営業利益や売上高を達成することを権利行使条件とするなど、権利行使条件を厳しくすることにより、実務上、多くの有償ストック・オプションでは払込価額が株価の数%程度という価格で発行されております。
さらに、有償ストック・オプションは、役務提供の対価ではないと整理できるため、株主総会の役員報酬決議(会社法第361 条第1項)が不要と考えられ、また、公正な発行価額の払い込みと引き換えに付与されるため、株主総会の有利発行決議(会社法第238 条第3 項)も不要と考えられ、機動的な発行が可能となります。
法務・税務・会計上の扱い
法務上の手続き
有償ストック・オプションを発行する場合、適正な対価を得て発行することになるので、有利発行には該当せず、公正発行として取り扱われることになります。
公正発行の場合は、公開会社は取締役会の決議、非公開会社は株主総会特別決議を経て行われることになります。また、有償ストック・オプションは役務提供の対価ではないと整理できるため、取締役に付与する場合、取締役の報酬決議は不要と解されております。
税務上の扱い
有償ストック・オプションの取得側の税務上の扱いは以下のようになると考えられます。
取得時については、公正な対価を支払って新株予約権を購入しているだけであり、課税関係は生じません。また、権利行使時についても課税関係は生じません。権利行使によって取得した(上場)株式を売却する際は、譲渡所得等課税の対象となり、その際の株式の取得価額は、権利行使価額に有償ストック・オプション付与時の払込金額を加えた額となり、売却益は税率20%の申告分離課税の対象となります。従って、税制適格ストック・オプションと同様、付与される側にとっては税務上のメリットが大きくなります。
次に、会社側の税務上の扱いについては、有償ストック・オプションは、新株予約権を付与した場合の費用に関して損金算入は認められません。
会計処理
会社側の会計上の扱いは、実務上、従来は新株予約権に関する会計基準である企業会計基準適用指針第17 号「払込資本を増加させる可能性のある部分を含む複合金融商品に関する会計処理」を適用し、費用計上させていないことが一般的でした。しかし、2018 年 1 月 12 日、企業会計基準委員会が実務対応報告を公表し、権利確定条件付き有償新株予約権(有償ストック・オプション)は、原則としてストック・オプション会計基準上のストック・オプションに該当するとされ、「権利確定条件付き有償新株予約権の公正な評価額-払込金額」を費用計上することと規定されました。会計処理は、権利確定日前と権利確定日以後について分けて考えられます。
権利確定条件付き新株予約権の付与に伴う従業員等からの払込金額は、払込日において、純資産の部に新株予約権として計上します。 権利確定条件付き有償新株予約権の付与に伴い企業が従業員等から取得するサービスは、費用として計上するとともに同額を当該権利確定条件付き新株予約権の権利の行使又は失効が確定するまでの間、純資産の部に新株予約権として計上します。
まず、権利確定日前の会計処理について解説します。
費用計上額の合計額は、「権利確定条件付き有償新株予約権の公正な評価額から払込金額を差し引いた金額」とされており。費用計上額のうち各会計期間に計上される額は、対象勤務期間(付与日から権利確定日)を基礎とする方法その他合理的な方法に基づき当期に発生したと認められる額と算定しまします。計算式にすると下記の通りとなります。
費用計上額=新株予約権の公正な評価額―新株予約権の払込金額
公正な評価額=公正な評価単価×権利確定条件付き有償新株予約権数
次に、権利確定日後の会計処理について解説します。
権利確定日後の会計処理 権利確定条件付き有償新株予約権が権利行使され、これに対して新株を発行した場合、新株予約権として計上した額のうち、当該権利行使に対応する部分を払込資本に振り替えます。 権利不行使による失効が生じた場合、新株予約権として計上した額のうち、当該失効に対応する部分を利益として計上します。
まとめ
如何でしたか?株式を用いたインセンティブ制度は他にもありますが、今回は、ベンチャー企業でよく使われる税制適格ストック・オプション制度、上場企業で使われる1円ストック・オプション制度、有償新株予約権制度について解説しました。いずれの制度も法務・税務・会計と専門的な知識が要求されることから、インセンティブ制度を設計する際は顧問弁護士・顧問税理士等に相談されることをお勧めします。
税制適格SO | 1 円SO | 有償SO | |
内容 | 新株予約権を無償で譲渡 | 権利行使価額1円の新株予約権 を付与 | 対価と引き換えに新株予約権を付与 |
付与対象者 | 自社又は50%超(直接・間接)の子会社等の役員等 | 制限なし | 制限なし |
金額制限 | 権利行使の合計額 が年間1,200 万円 まで | 制限なし | 制限なし |
税務 (役員・従業員) | ①付与時 課税なし ②行使時 課税なし ③売却時 譲渡所得等課税 | ①付与時 課税なし ②行使時 給与/退職所得課税 ③売却時 譲渡所得等課税 | ①付与時 課税なし ②行使時 課税なし ③売却時 譲渡所得等課税 |
税務(会社) | 損金算入は認めら れない | 発行時のSO の公正価値を損金算 入できる | 損金算入は認められない |
会計(会社) | 発行時のSO の公正 価値を費用計上 | 発行時のSO の公正価値を費用計上 | 発行時のSO の公 正価値から対価部分を控除した金額を費用計上 |
法務 (発行手続) | ①公正発行の場合 ・公開会社 取締役会決議 ・非公開会社 株主総会決議 ②有利発行の場合 公開会社・非公開会社共に株主総会特別決議 | ①公正発行の場合 ・公開会社 取締役会決議 ・非公開会社 株主総会決議 ②有利発行の場合 公開会社・非公開会社共に株主総会特別決議 | ①公正発行の場合 ・公開会社 取締役会決議 ・非公開会社 株主総会決議 ②有利発行の場合 公開会社・非公開会社共に株主総会特別決議 |
法務 (報酬決議) | 定款 or 株主総会決議 | 定款 or 株主総会決議 | 定款 or 株主総会決議 |